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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)14168号 判決

原告 吉村倭一

右訴訟代理人弁護士 山村清

被告 高倉産業株式会社

右代表者代表取締役 橋本知雄

〈ほか三名〉

右被告四名訴訟代理人弁護士 砂子政雄

主文

被告らは原告に対し各自金三五〇万円及びこれに対する昭和四四年一二月三一日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は、原告において右被告に対しそれぞれ金八〇万円を担保に供したときは、当該被告に対する関係で仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

(原告) 主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言。

(被告ら)「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

二  請求の原因

(一)  被告会社は皮革製品、綿、麻布の縫製加工等を業とする会社であり、被告橋本知雄はその代表取締役、被告橋本和はその大森工場の工場長、被告荒井はその使用人である。

(二)  原告は、肩書住所に被告会社大森工場に隣接して木造瓦葺二階建居宅一棟(床面積一階七一・七三平方メートル、二階三一・四〇平方メートル)(以下、本件家屋と称する。)を所有して居住していたところ、昭和四二年一月一七日午後二時四三分ごろ右工場六畳間から出火して右工場は全焼し、本件家屋に延焼してこれも全焼するに至った。

(三)  右火災は、被告荒井の重大な過失によって発生したものである。すなわち、同被告は右日時ごろ右六畳間において多量の液状の化学接着剤(ゴム糊「ネオコン」)を用いてスポンジゴム板を貼り合せる作業に従事した際、同室には石油ストーブが燃焼中であり、右接着剤は勿論その気化ガスもきわめて引火し易く、かつ同工場内の防火施設は甚だ不完全だったのであるから、火災発生を未然に防止するため作業場所から火気を遠ざける等引火防止に万全の措置を講ずべき業務上の注意義務があったにもかかわらず、これを怠って燃焼中のストーブから約一メートル離れた場所でゴム糊を鑵から直接スポンジ板の上に流しつつ前記作業を続けたため、右石油ストーブの火が接着剤の気化ガスに引火するに至り、しかもその際同被告は無謀にも引火したスポンジ板を閉め切ってあった同室南側窓に投げつけたため一層火災の拡大をもたらし、さらに出火に際して同被告は直ちに消防機関に通報するとともに自ら早期消火に努めるべきであるにもかかわらず、これをも怠った結果、右接着剤から在庫ゴム製品や工場の天井、床板等に燃え移って右工場及び本件家屋を全焼せしめるに至った。

(四)  本件火災は被告荒井が被告会社の業務を執行中に発生したものであり、被告橋本知雄、同橋本和はいずれも被告会社に代って従業員の選任監督をする者であるから、被告荒井は民法七〇九条により、被告会社は第一次的に同法七一五条一項、第二次的に同法七一七条により、被告橋本知雄、同橋本和は同法七一五条二項により、連帯して右火災により原告の被った次項の損害を賠償すべき義務がある。

(五)  原告の被った損害は次のとおりである。

(1)  本件家屋自体の焼失による損害 三五〇万円(本件家屋の焼失当時の価額)

(2)  動産等の焼失による損害 二、七九二万二、八〇〇円

本件火災によって原告は現金一一万四、〇〇〇円及び古陶器をはじめとする動産三五六点時価二、七八〇万八、八〇〇円相当を焼失し、同額の損害を受けた。

(3)  慰謝料 一〇〇万円

原告は、訴外東宝舞台株式会社の取締役の地位を有し、妻子とともに本件家屋において平和な家庭生活を送っていたところ、本件火災によりその全財産と生活の本拠を奪われ、焼失財産中には金銭に見積り得ない程に貴重な品も多数あり、前記財産的損害に対する賠償のみでは到底償い得ない精神的苦痛を受けた。これに対する慰謝料は金一〇〇万円をもって相当とする。

(六)  よって原告は被告らに対し、前項の損害額合計三、二四二万二、八〇〇円から訴外日動火災海上保険株式会社より支払われた火災保険金四三〇万円を控除した残額二、八一二万二、八〇〇円の内金三五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四四年一二月三一日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する答弁

請求原因中、被告会社が原告主張のような業を営む会社であること、原告が被告会社大森工場に隣接して本件家屋(ただしその床面積は知らない。)を所有していたこと、昭和四二年一月一七日、被告会社の使用人である被告荒井が右大森工場内でスポンジゴム板をゴム糊で貼り合せる作業をしていた際、右工場六畳間より出火して右工場を全焼し、本件家屋にも延焼したこと(ただし本件家屋は半焼したにとどまる。)は認め、その余はすべて争う。

四  証拠≪省略≫

理由

一  被告会社が皮革製品、綿、麻布の縫製加工等を業とする会社であること、原告が被告会社大森工場に隣接して本件家屋(その床面積がいくばくであるかは別として)を所有していたこと、昭和四二年一月一七日、被告会社の使用人である被告荒井が右大森工場においてスポンジゴム板をゴム糊で貼り合せる作業をしていた際、同工場六畳間より出火して同工場を全焼し、本件家屋にも延焼したことについては当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、右火災当時被告橋本知雄は被告会社の代表取締役、被告橋本和は取締役兼大森工場工場長であったことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

また、≪証拠省略≫によれば、右火災によって本件家屋は階下の洋間一間を残して全面的に焼損し、右洋間も雨洩りのためそのままでは使用できない状態となったことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

三  そこで前記出火が被告荒井の重大な過失によるものかどうかについて検討するに、≪証拠省略≫によれば、被告荒井は出火当日の午後一時過ぎごろから被告会社大森工場(東京都大田区山王一丁目六番一一号)の玄関西側の六畳間において長さ一二〇センチメートル、幅六四センチメートル位のスポンジゴム二枚を貼り合せる作業に従事し、右六畳間のほぼ中央のあたりに前記スポンジゴム板のうちの一枚を平らに置き、その上に一斗缶に入ったゴム糊を缶から直接流し出し、へらでこれを全面に塗布したうえで他の一枚を貼り合せる方法によって右作業を行なっていたこと、当時右六畳間の西南隅には石油ストーブが置かれ、燃焼中であったこと、午後二時四〇分ころ、被告荒井が前記のような方法でゴム糊を塗布していた際、前記ストーブの火がゴム糊から蒸発した引火性溶剤に引火して右スポンジゴム上のゴム糊に着火し、これに驚いた被告荒井はとっさに右スポンジゴムを同室南側の閉まっているガラス窓に投げつけたので、スポンジゴムは窓の下に落下して燃え上り、たちまち付近に燃え拡がって前記のような火災となったこと、右出火の際、被告荒井がゴム糊を塗っていたスポンジゴム板と前記石油ストーブとは五、六〇センチメートルないし一メートル位離れていたこと、出火後ただちに被告荒井ら居合せた被告会社の従業員は消火しようとしたが火の廻りが早くてほとんど手をつけられなかったこと、消防署には叫び声を聞きつけた近隣の者が二時四五分ごろ電話で通報したこと、被告荒井は以前にも時々前記と同種のゴム糊を使用してスポンジゴムの貼り合せ作業をしており、右ゴム糊が引火しやすいことは承知していたこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実によれば、和室内の火気に接近した場所で相当の量の揮発性、引火性のある物質を使用した点において被告荒井の前記所為は防火上払うべき注意義務を怠ったものであり、かつ、同被告としては僅かの注意を払えば右のような所為から火災を招く危険を予知し、未然にこれを防ぐ措置をとることが容易だったというべきであるから、同被告には前記失火について重大な過失がある(なお、原告は、引火したスポンジゴム板を閉め切ってある窓に投げつけた点及び早期消火、消防機関に通報を怠った点についても同被告に過失がある旨主張するが、前者については失火の際のとっさの行動であり、またこれによって火災の発生が一層助長されたと認めるべき証拠も存しないのであるから、これをもって同被告の過失とすることはできない。また後者のうち早期消火の点については同被告が早期消火を試みたが火の廻りが早くて果さなかったことは前認定のとおりであり、消防機関への通報については実際の通報が近隣の者によってなされたことは前認定のとおりであるが、前掲証拠によれば右通報は出火後数分の内に行なわれたことが認められるから、被告荒井が前記のように最初に自ら消火を試みたことをも考慮すると、この点について同被告に過失があったとは認め難い。)。

四  従って被告荒井は民法第七〇九条、失火ノ責任ニ関スル法律第一条ただし書により、被告会社は右各法条及び民法第七一五条第一項により、それぞれ本件火災によって原告の被った損害を賠償すべき義務を負うことになるが、さらに被告橋本知雄、同橋本和の両名が民法第七一五条第二項のいわゆる代理監督者としての責任を負うかどうかについて考えるに、≪証拠省略≫によれば、被告会社は、資本金一〇〇万円、被告橋本知雄、橋本和を含めて役員四名、従業員二〇名という小規模の企業で、大森工場の建物は社長である被告知雄の自宅と兼用であり、同被告の妻や被告和も一般工員達と共に作業に従事するような状況にあったこと、本件火災当時被告橋本知雄は毎日中央区築地の事務所に出勤しており、大森工場内の作業の指揮監督は主として工場長である被告和が行なっていたが、被告知雄も時たま自ら指揮監督を行なっていたことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。そうすると、被告知雄及び被告和は、ともに代理監督者として被告会社と並んで原告の損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。

五  次に、本件火災によって原告の被った損害の額について見るに、≪証拠省略≫によれば、原告は、本件火災によって本件家屋そのものを焼失したほか、多額にのぼる動産類を焼失し、これに対する火災保険金として家屋に対し金二五〇万円を、動産に対し金一八〇万円位を受領したが、そのうち動産のみについて見ても、その損害額のうち右保険金で填補されないものが三五〇万円を優に上まわることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

六  以上によれば、原告主張の慰藉料請求権の存否を論ずるまでもなく、被告らに対し各自金三五〇万円とこれに対する昭和四四年一二月三一日以降完済までの民事法定利率による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当として認容すべきである。よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加茂紀久男)

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